玉川学園に住んで久しくなります


 

昭和27年(1952年)に、何を思ったかクリスチャンだった父が、私を小原國芳先生に預けて以来、玉川学園との繋がりで生きてきました。大学院の5年間を外に出ましたが、その後玉川大学農学部に勤めましたから,人生の大部分が玉川学園ですね。親が玉川学園に家を建てて、渋谷区から(1960年に)引っ越して以来住み始めて50年以上になります。

 

ところが、申し訳ありませんが住人という意識は乏しくて、玉川学園町内会との関わりは、退職してからたまたま回ってきた支部長という役回りからでした。永く住んでいるのに地元のことを考えていなかったことを反省する切っ掛けとなって、次の年には幹事をお引き受けし、今回は図らずも副会長です。

副会長として動き出してみると幹事とは別の側面に手を広げることになり、ご恩返しの気持はありますが、慣れぬ活動ですので、皆さまにご迷惑を掛けねば良いがと思う今日この頃です。

 

大学教員としての専門は「環境生物学」ともいうべきものでしたが、これを町内会的に応用すると、生き物がどういう状況下で生きているか、生きるべきかと言うことになるのかも知れません。私自身はヒトを対象にしてきたのではなく,例えばミツバチについての仕事でしたから、ピントがずれたらごめんなさい。

 

ともあれ、住みよいまちづくりを目指して、皆さんと共に進んでいくつもりですので、お導き下さい。

 

 

副会長 松香光夫

 

 

※写真:1952年頃の玉川学園  ©玉川学園